MENU

【M-1優勝】たくろうのプロフィールは!経歴・芸歴とエピソードを徹底紹介!

スポンサーリンク

2025年のM-1グランプリで堂々の優勝を果たしたお笑いコンビの「たくろう」。

長い下積みを経て頂点に立った彼らの快挙は、お笑いファンならずとも多くの注目を集めています。

本記事では、たくろうのプロフィールをはじめ、経歴・M-1グランプリ優勝までの芸歴や印象的なエピソードを徹底紹介しますのでご覧ください!

目次
スポンサーリンク

たくろうのプロフィール

takuro-01
たくろう」(赤木 裕さん、きむらバンドさん)【出典:YAHOOニュース

お笑いコンビ「たくろう」は、男性2人(赤木 裕さん、きむらバンドさん)による漫才コンビで、2016年3月9日に結成され、主に関西の劇場(よしもと漫才劇場など)を拠点に活動してきた実力派です。

M-1グランプリ2025で王者となったことで一気に全国区の知名度を得ました。

👇 コンビの基本プロフィール

たくろうの基本プロフィール

コンビ名:たくろう 

所 属:吉本興業 大阪本社(よしもと漫才劇場メンバー)

結 成:2016年3月9日(結成から約9年でM-1王者に到達)

養成所:吉本総合芸能学院(NSC)大阪校(赤木=37期/きむらバンド=36期)

活動拠点:関西を中心に劇場ライブ・賞レース・テレビ出演など多方面で活動

👇メンバー構成

赤木 裕(あかぎ ゆう) 

  ボケ担当(ネタによってはツッコミも担当)で、立ち位置は向かって左です。

  ・1991年10月24日生まれの滋賀県出身で、現在34歳。NSC大阪校37期生として養成所出身の正統派キャリアを歩んでいます。

きむらバンド  本名:木村太一(きむら たいち)

  ツッコミ担当(ネタによってはボケ)で、立ち位置は向かって右です。

  ・1990年1月28日生まれの愛媛県松山市出身で、現在35歳。NSC大阪校36期生の先輩にあたり、音楽やベース演奏を特技とする経歴がコンビ名やキャラクターにも表れています。

メンバーの役割とスタイル

赤木裕ときむらバンド:個性際立つ二人の経歴

赤木裕さんときむらバンドさんは、出会い方から芸人としての歩みまで「対照的だが補い合う」経歴を持つコンビです。

赤木裕の経歴

⦿1991年10月24日生まれ、滋賀県大津市出身のお笑い芸人です。

地元の小中高校を経て京都産業大学経営学部に進学し、大学卒業後にNSC大阪校37期生として入学。

NSC在学中から「あぶりぽンズ」「ムミムシュウ」など複数のコンビで活動し、ツッコミ・ボケ両方を経験した後、きむらバンドさんに誘われて2016年3月9日に「たくろう」を結成しています。

特技はペン回しや空手の板割り、歌などで、趣味の野球や滋賀の高校野球への造詣の深さも知られており、舞台上の“理屈っぽさ”や分析的なツッコミにもつながっています。

スポンサーリンク

きむらバンドの経歴

⦿1990年1月28日生まれ、本名は木村 太一。愛媛県(松山市周辺)出身で、NSC大阪校36期生として赤木さんの1期先輩にあたります。

松山大学に進学し、在学中は落語研究会やバンド活動を行い、地元ケーブルテレビ出演など“ローカルタレント”的な活動も経験しました。

大学を中退してお笑いの道を選び、NSC卒業後はいったん別のコンビ「バンドワゴン」で活動していましたが解散。

その後、後輩クラスのアシスタント業務中に「めちゃくちゃおもしろいけど余っている」という赤木さんの噂を聞き、声をかけたことが現在のコンビ結成のきっかけになっています。

ベース演奏やコーラ早飲みなどの特技を持ち、柔らかいツッコミと包み込むようなトーンが、赤木さんの濃いキャラクターとの対比を生み出しています。

先輩後輩からコンビ結成へ

⦿ 2人はNSC大阪校で先輩後輩として出会い、それぞれ別コンビで活動したのち、2016年3月9日に現在の「たくろう」を結成しました。

コンビ名「たくろう」が決まるまで

  • コンビ名を決める際、2人は「お互いが好きな有名人の名前を組み合わせよう」と話し合いました。

きむらバンドさんが大ファンの木村拓哉から「たく」、赤木さんが尊敬するイチローから「ろう」を取り、「たくろう」という名前が誕生。

結成からわずか数か月で「Kakeru翔GP」で優勝するなど、早い段階から実力を証明し、その後もABCお笑いグランプリ決勝進出など賞レースで結果を残し続けています。

スポンサーリンク

芸歴10年で掴んだM-1優勝:

たくろうは2016年3月結成の芸歴9年(2025年時点)で、M-1グランプリ2025で初の決勝進出を果たし、史上最多1万1521組の頂点で第21代王者に輝きました。

結成当初から賞レースに挑戦し続け、苦しい時期を乗り越えた末の快挙になります!

M-1グランプリの戦績推移

⦿たくろうのM-1参加は結成同年の2016年から始まり、着実に上位進出を重ねてきました。

👇以下に主な成績をまとめます。

⦿2018年の準決勝進出をピークに、以降7年間は準決勝に進めない「あと一歩」の連続が続きました。

この期間、関西の劇場(よしもと漫才劇場など)でネタを磨き、2024年のNHK上方漫才コンテスト準優勝などの実績を積み重ね、2025年は準々決勝・準決勝を突破して初決勝へ。

⦿決勝では「リングアナウンサー」(ファーストラウンド)と「ビバリーヒルズに住みたい」(最終決戦)の2本で審査員9人中8人から1位票を集め、エバース・ドンデコルテを下しました。

これまでの苦労エピソードとブレなかった信念

主な苦労エピソード(3つの崖っぷち)

⦿7年間の準決勝不進出: 2018年準決勝を最後に、準々決勝止まりが続き、心が折れかけた時期がありました。

赤木さんは「長い間、準決勝にも行けないのが続いたので、あきらめというか、もう厳しいぞ、この芸人人生」と振り返っています。

⦿バイトすらクビの経済苦: バイトを再開せざるを得ない状況まで追い込まれましたが、赤木さんは「僕はすぐバイトもクビになるので、バイトをするのがすごく嫌だったので」と芸人一本にこだわり続けました。周囲の芸人も彼らの苦労を応援していました。

⦿解散危機の精神的重圧: 結果が出ず「要る7年」と振り返るきむらバンドさんですが、互いを信じる絆で乗り越えました。優勝会見で「それを信じずに良かった」と赤木さんが語るほど、崖っぷちでした。

ブレなかった信念

⦿たくろうは漫才スタイルを一切変えず、「一番の正義は笑ってもらえること」を貫きました。

きむらバンドさんは「エッジの効いたボケじゃなくてもいい。一番の僕らの正義は笑ってもらえることだと腹をくくれました」と述べ、派手さを捨てた「開き直り」が勝因としています!

劇場中心の地道な活動を続け、観客の反応を信じ続けた姿勢が、M-1決勝での爆発力を生み、この信念が、9年目の頂点で実を結んだといえるでしょう!

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたでしょうか

M-1グランプリ2025で史上最多エントリーの頂点に立ったたくろうのプロフィールや、 メンバーの赤木裕さんときむらバンドさんの経歴・芸歴などを紹介しました。

7年間M-1準決勝に進めない苦しい時期も、「一番の正義は笑ってもらうこと」とスタイルを曲げずに劇場でネタを磨き続けたことで、初決勝・初優勝というドラマを実現しました。

M-1グランプリ2025優勝でオファーが100件超殺到したたくろうは、テレビ・ライブ・イベント出演が急増し、全国区への飛躍が現実味を帯びています。

赤木裕さんは「テレビでどんどん見てもらえるように仕事は選びません」と意欲を語り、大阪拠点から東京進出も視野に入れています。

今後はテレビ・ライブでお笑い界を牽引する存在として大いに期待されます!

ご覧いただき有難うございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

ひらがなが含まれない投稿を拒否

CAPTCHA


目次