女優の中村ゆりさんが、2026年9月1日に直腸がんのため亡くなりました。44歳でした。
所属事務所のアルファエージェンシーが9月14日に発表し、近親者と所属事務所の俳優・スタッフによる葬儀をすでに執り行ったと報告しています。
中村ゆりさんは、音楽デュオ「YURIMARI」での活動を経て、俳優へ転身しました。
この記事では、中村ゆりさんの訃報、プロフィール、経歴、代表作、闘病にまつわるエピソード、関係者から寄せられた追悼の声を振り返りますのでご覧ください!
中村ゆりさんの訃報 死因と葬儀について

◆中村ゆりさんは、2026年9月1日に直腸がんのため亡くなりました。44歳でした。
◦所属事務所は9月14日、公式発表で訃報を伝えました。
◦発表によると、葬儀は近親者と所属事務所の俳優・スタッフで執り行われたということです。
◦一般向けの葬儀日程や会場については公表されていません。
◦また、所属事務所は遺族への取材や自宅周辺での撮影を控えるよう、関係者や報道機関に呼びかけています。
★突然の訃報に、ファンだけでなく、これまで共演してきた俳優や映画監督、音楽関係者からも追悼の声が相次ぎました。
中村ゆりさんのプロフィール
👇中村ゆりさんの基本プロフィールです。
| 名前 | 中村ゆり(なかむら・ゆり) |
|---|---|
| 本名 | 中村友理(なかむら・ゆり) |
| 生年月日 | 1982年3月15日 |
| 逝去 | 2026年9月1日 |
| 年齢 | 44歳 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 所属事務所 | アルファエージェンシー |
◆中村ゆりさんは大阪府出身。
◦1990年代に音楽デュオ「YURIMARI」のメンバーとして活動を始め、その後、俳優として本格的に活動。
●落ち着いた雰囲気と繊細な表現力を持ち、主演から脇役まで幅広い役柄を演じてきました。
★母親役や妻役、芯の強い女性、影を抱えた人物など、作品ごとに異なる存在感を示した女優です。
中村ゆりさんの経歴
👇中村百合さんの主な経歴を時系列でまとめました!
YURIMARIとして音楽活動
◆中村ゆりさんは、音楽デュオ「YURIMARI」のメンバーとして芸能活動を始めました。
◦YURIMARIとしての活動を終えた後は、俳優へ転身。
◦2003年の映画『偶然にも最悪な少年』への出演をきっかけに、女優としての道を歩み始めました。
★歌手活動を経験した後に俳優へ転身したことは、中村ゆりさんの大きな特徴の一つです。
『パッチギ! LOVE&PEACE』で注目を集める
◆中村ゆりさんの代表作として、多くの人が挙げるのが映画『パッチギ! LOVE&PEACE』です。
◦同作ではヒロインに抜てきされ、演技が高く評価されました。
◦2007年度の全国映連賞で女優賞を受賞したほか、おおさかシネマフェスティバル新人賞も受賞しています。
★この作品をきっかけに、映画ファンの間で中村ゆりさんの名前が広く知られるようになりました。
映画やドラマで幅広く活躍
◆その後は、映画とテレビドラマの両方で存在感を発揮!
◦近年も映画やドラマへの出演を続けており、2025年にも複数の作品に出演していました。
★派手さだけに頼らず、作品の中で人物の感情を丁寧に表現する演技が、多くの視聴者から支持されていました。
中村ゆりさんの代表作と女優としての魅力
『花子とアン』で鈴木亮平さんと夫婦役
◆2014年に放送されたNHK連続テレビ小説『花子とアン』では、鈴木亮平さんと共演。

◦2人は劇中で夫婦役を演じ、作品を通じて強い印象を残しています。
★鈴木亮平さんは中村ゆりさんの訃報を受け、長年にわたる交流を振り返り、突然の別れを惜しみました。
『そして父になる』など話題作に出演
◆映画『そして父になる』では、家族をめぐる物語の中で重要な役を演じました。
◦また、岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』にも出演。
★岩井監督は、中村ゆりさんのウェディングドレス姿が印象に残っていると振り返り、訃報に驚きと悲しみを示しています。
舞台やCMでも活躍
◆中村ゆりさんは、映画やドラマだけでなく、舞台やCM、ミュージックビデオ、ナレーションなどにも活動の場を広げていました。
◦端正な容姿だけでなく、作品の空気に自然に溶け込む演技力が魅力でした。
★主演を支える立場でも確かな存在感を示し、共演者や制作スタッフから信頼される俳優だったといえるでしょう。
直腸がんとの闘病
◆所属事務所の発表によると、中村ゆりさんは13年前にもがんを患っていました。その後は寛解し、仕事を続けながら定期的な検査も受けていたとされています。
◦しかし、2025年1月に再びがんが見つかりました。手術は成功したものの、術後に転移が確認されたと事務所は説明しています。
◦その時点で、根治や寛解を目指すことは難しいと判断され、治療を続けながら、できるだけ長く充実した生活を送ることを目指すことになりました。
◦中村ゆりさんは病気について熱心に学び、主治医からも仕事を続けることを勧められていたといいます。
●2026年7月には腸閉塞のため、出演予定だったNHKドラマ10『デンジャラス』を降板することが発表されました。
◦その後、復帰に向けて療養していましたが、8月に再び腸閉塞を起こし、余命がわずかであることを告げられたと報じられています。
👇事務所の発表では、最後の時間について次のように説明されています。
彼女は落ち着き、美しく優しさにあふれた笑顔を絶やさず、ご家族や近しい方々と共に最後の時を大切に過ごすことができました。
中村ゆりさんならではのエピソード
YURIMARI時代から続くMARIさんとの絆
◆中村ゆりさんの大きな特徴の一つは、音楽デュオ「YURIMARI」時代から続く人とのつながりです。
◦元相方のMARIさんは、中村ゆりさんについて「親友であり家族のような存在」と語り、長い年月をともに過ごしてきた思いを明かしました。

★出会ってから35年分の思い出を振り返りながら、別れを惜しんだと報じられています。
中野英雄さんとの出会いと映画での共演
◆俳優の中野英雄さんは、中村ゆりさんとの出会いについて、YURIMARIを解散した時期に知り合ったと明かしています。

◦中村ゆりさんは、後に中野さんが初めて監督を務めた映画『影に抱かれ眠れ』でヒロインを演じました。
★中野さんは、将来一緒に芝居をする約束がかなわなくなったことを惜しみながら、中村ゆりさんを追悼しています。
最後まで仕事への思いを持ち続けた
◆中村ゆりさんは、治療を続けながらも、仕事に戻ることを目指していました。
◦病気について自ら学び、主治医と相談しながら仕事を続けようとしていたことからも、俳優という仕事への強い思いがうかがえます。
★最後まで前向きに生きようとした姿勢は、共演者やスタッフの記憶にも残り続けることでしょう!
ファンから寄せられた追悼の声
◆中村ゆりさんの訃報が伝えられると、SNSやインターネット上には、突然の別れを惜しむファンの声が相次ぎました。
◦報道によると、ネット上では「ショックすぎる」「本当に!?」「嘘であってほしい」「ショックすぎて言葉がない」「早すぎる」「ご冥福をお祈りします」といったコメントが寄せられています。
◦出演作を見てきたファンからは、「素敵な女優さんだった」「これからも作品を見続けたい」「心に残る演技だった」と、これまでの活動を振り返る声も上がっています。
★44歳という若さでの別れに、多くの人が驚きと悲しみを示しました。中村ゆりさんが長年にわたり、映画やドラマを通して幅広い世代に愛されていたことが分かります。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
中村ゆりさんは、2026年9月1日、直腸がんのため44歳の若さで亡くなりました。
所属事務所によると、13年前にもがんを患い、その後も治療と仕事を続けながら、復帰を目指していたということです。
中村さんは、映画『パッチギ! LOVE&PEACE』で注目を集め、その後は『そして父になる』『リップヴァンウィンクルの花嫁』、NHK連続テレビ小説『花子とアン』など、数多くの作品に出演しました。
中村ゆりさんが残した作品は、これからも多くの人に見続けられるでしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします!




コメント