日本の少女漫画界を代表する漫画家・わたなべまさこさんが、2026年10月3日、97歳で逝去されました。訃報は10月13日、わたなべさんの公式Xで発表されています。
わたなべさんは『ガラスの城』『聖ロザリンド』などの作品で知られ、少女漫画の可能性を大きく広げた草分け的な存在です。長年にわたり現役で執筆を続け、多くの読者や漫画家に影響を与えました。
この記事では、わたなべまさこさんのプロフィール、経歴、代表作、エピソード、そして訃報を受けて広がった追悼の声をまとめて紹介しますのでご覧ください!
【訃報】わたなべまさこさんが97歳で逝去

◆わたなべまさこさんは、2026年10月3日午前0時38分に永眠されました。享年97歳でした。
◦訃報は、わたなべさんの公式Xで「わたなべまさこ先生 逝去のお知らせ」として発表されました。
◦公式発表では、「まんがとともに97年の生涯を駆け抜け、最期は穏やかに、まるで眠るように旅立っていかれた」と伝えられました。あわせて、生前にわたなべさん自身が遺していたメッセージも公開されています。
●メッセージの中でわたなべさんは、ファンや関係者、家族、周囲で支えてくれた人たちへの感謝を述べ、「まんがと生きて」きた人生を振り返りました。
★最後には「寂しい時は、私はパリにいるとでも思ってくださいね。またねー」とつづられており、多くの読者の心を打っています!
【プロフィール】わたなべまさこさんの基本情報
◆わたなべまさこさんは、1929年5月16日生まれ、東京都出身の漫画家です。本名は渡辺雅子(わたなべ・まさこ)といいます。
◦結婚後、挿絵画家として活動していましたが、手塚治虫さんの作品に触れたことがきっかけで漫画家を志したと伝えられています。1952年、『小公子』でデビューしました。
●その後、少女漫画の第一線で長く活躍し、現役最高齢の漫画家としても知られました。2006年には、女性漫画家として初めて旭日小綬章を受章しています。
【経歴】漫画家としての歩み
◆わたなべさんは1952年に漫画家デビュー。当初は貸本漫画向けに、母と娘の情愛を描いた作品などを手がけ、評判を集めました。
◦1960年代から1970年代にかけては、週刊少女漫画誌で活躍。美しい絵柄の中に、人間の欲望や嫉妬、裏切りといった複雑な感情を描く作風で人気を確立。
◦特に『ガラスの城』は、少女漫画にサスペンスやミステリーの要素を持ち込んだ代表作です。
◦1971年には『ガラスの城』『聖ロザリンド』により、第16回小学館漫画賞を受賞。
◦1980年代以降は、大人の女性向けの漫画誌でも執筆活動を続けました。
●1993年から2011年にかけては、中国の古典を題材にした『金瓶梅』を長期連載し、幅広い年代の読者に作品を届けました。
【代表作】『ガラスの城』『聖ロザリンド』『金瓶梅』
◆わたなべまさこさんの代表作として、まず挙げられるのが『ガラスの城』です。

◦1970年から1971年にかけて『週刊マーガレット』で連載され、美しくも恐ろしい人間関係を描いたサスペンス作品として高い評価を受けました。
◆『聖ロザリンド』は、1973年に発表されたホラー・サスペンス作品。

◦天使のように無邪気な少女が、周囲に次々と悲劇をもたらすという内容で、当時の読者に強い衝撃を与えました。
◆さらに『金瓶梅』は、中国の古典小説を題材にした長編作品です。

◦1993年から2011年まで長期連載され、大人向けの作品としてもわたなべさんの力量を示しました。
◦このほか、デビュー作『小公子』をはじめ、『すあまちゃん』『涙の賛美歌』などの作品もあります。
★少女漫画の枠を超えて、サスペンス、ホラー、歴史、大人向けの作品まで手がけた点が、わたなべさんの大きな特徴です。
【エピソード】「まんがと生きて」きた人生
◆わたなべさんは、結婚後に挿絵画家として働いていましたが、手塚治虫さんの作品に出会ったことをきっかけに漫画家を志しました。
◦一度は別の道を選んだ後にもう一度挑戦し、29歳でデビューを果たしたという経歴を持っています。
◦また、少女漫画といえば明るい恋愛物というイメージが強かった時代に、サスペンスやホラーの要素を取り入れました。
◦『ガラスの城』や『聖ロザリンド』は、その先駆的な挑戦によって、少女漫画の表現の幅を広げた作品といえます。
◦晩年まで執筆を続け、現役最高齢の漫画家としても話題になりました。
★公式Xで公開された生前のメッセージには、漫画とともに生きたことへの誇りと、周囲への深い感謝が感じられますね!
【反響】読者・関係者からの追悼の声
◆訃報が発表されると、SNSや報道を通じて多くの追悼の声が寄せられました。
◦松田洋子さんや末次由紀さんなど、現役の漫画家たちからも、わたなべさんへの敬意と感謝を伝える投稿が相次いでいます。
◦読者からは、「『ガラスの城』を読んで少女漫画の世界が広がった」「子どもの頃に衝撃を受けた」「長い間、現役で活躍してくれてありがとう」といった声が見られました。
★わたなべさんの作品は、単に娯楽として楽しまれただけでなく、多くの読者にとって「少女漫画の可能性」を教えてくれる存在といえます!
◦だからこそ、訃報を受けての惜しむ声は多く、世代を超えて広がっています。
わたなべまさこ先生が旅立たれてしまった。自分が初めて夢中になった少女漫画が、姉の本棚にあった「ガラスの城」でした。先生、ありがとう。 #わたなべまさこ #ガラスの城
— さとういつき (@6aPgidPlnOKrPqY) October 13, 2026
『聖ロザリント』怖くて哀しい物語でした。 単行本になってないけど、魔女の指輪に操られて翻弄される物語も好きでした。 あ、あと金色の粘土に操られる女の子の話もあったな。 #わたなべまさこ
— ルナ (@kNEbi21pqt79duA) October 13, 2026
まとめ:わたなべまさこさんの功績
いかがでしたでしょうか?
わたなべまさこさんは、1952年のデビューから長きにわたり漫画界を支え、少女漫画の草分けとして大きな功績を残しました。
『ガラスの城』や『聖ロザリンド』で見せたサスペンス表現、『金瓶梅』で挑んだ長期連載、そして晩年まで続けた執筆活動。そのどれもが、わたなべさんが「まんがと生きて」きた証です。
97年の人生を閉じましたが、わたなべさんが残した作品と影響は、これからも多くの読者や漫画家に受け継がれていくでしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします。




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